本文へスキップ

壺屋陶器事業協同組合

電話でのお問い合わせは098-866-3284

メールでのお問い合わせはこちら

壺屋焼とは(1)History & characteristics

壺屋焼の特徴と技法

窯

壺屋焼の特徴は、その素朴さと力強さにあります。
どっしりとした重量感のある器は、暖かみと風格が見る者、使う者に、白然に伝わってきます。
この力強 さや暖かみは、長い伝統に培われた技法と、土と火に よって産みだされるものです。


上焼と荒焼

窯

壺屋焼は、上焼と荒焼に大別されます。
上焼は、粕薬をかけ約1200度の高温で焼かれたものです。
碗、皿、鉢、カラカラ、壺などの日常生活用品が多く、壺屋焼の 主流を占めています。
荒焼は、南蛮焼ともいわれ釉薬をかけないで1000度前後で焼きあげます。
製品は酒甕、水甕類などの大型の容器を中心に作られています。


陶 土

窯

沖縄県は陶土に恵まれ、古我地、喜瀬、安富祖、石川、山田、 喜名、前兼久、島尻など各地に良質の粘土層が見られます。
壺屋焼の持つ力強さや暖かさは、これらの土の持ち味が生かされているのです。


釉薬

窯

壺屋焼に使われている釉薬は、白粕、黒粕、青磁、飴粕、呉須 などいずれも壺屋独特のもので、暖かみのある色あいを見せ てくれます。
中でも白粕は、消石灰とモミ灰を混ぜ、更に具志 頭白土と喜瀬粘土を混ぜたもので、壺屋ならではの釉薬です。


成型

窯

成型は、ロクロ、押し型、型おこし、ひねりなどの技法があり、手作りの良さを十分に堪能させてくれます。


施釉・加飾

窯

施釉の方法には、浸し掛、流し掛、振り掛、布掛などがあり ます。
又、加飾の方法には、刷毛目、象がん、印花、掻き落、線彫、 飛ばしガンナ、赤絵、盛り付、張り付などがあります。
これら の技法はどれをとっても深い味わいを壺屋焼に与えています。

壺屋焼の歴史

焼物の町 壺屋

壺屋は、今から300年も前に誕生し、今日に至るまで数々の素晴らしい伝統工芸品を産みだしてきました。
この焼物の町、壺屋ができるまでに、琉球における焼物は多くの変遷を経てきたのです。


壺屋ができるまで

琉球における焼物の歴史は考古学的年代の土器を除くと城跡から出土する高麗瓦などに始まるといわれて います。
琉球王朝が、海外貿易を盛んにしていた14〜16世紀頃に中国や南方諸国の陶磁器が 豊富に持ち込まれました。
南蛮焼の技術が伝えられたのもこのころのことだといわれています。
17世紀の初期、薩摩の治政下におかれ海外貿易が下火になると、王府は薩摩から朝鮮入の陶工を招いて、朝鮮式陶法の習得に力を入れはじめました。
この時から上焼が焼かれるようになり、今日の壺屋焼の主流を占める、伝 統技術の火がともされたのです。
そして、1682年、王府の手によって美里村、知花窯、首里宝口窯、那覇湧田窯が牧志村の南に 統合され、現在の壺屋が誕 生しました。

陶器造りに積極的な 琉球王府

壺屋誕生後も、王府は御拝領地や御拝領窯を与えたり、功績を残した陶工を士族に列するなど、焼物づくりの発展に大変積極的でした。
こうした王府のバックアッ プは、こののち壺屋焼が、伝 統的技法を産み出し、世界に誇り得る焼物に成長する足がかりになった、と言っ ても過言ではないでしょう。


全国に知られる壺屋焼

地理的条件や他国の支配下にあるという閉鎖的条件のため、これまで広く知られる機会に恵まれませんでした。
ところが大正のころになっ て、浜田庄司氏、河井寛次郎氏、つづいて柳宗悦氏らが本土に紹介したことから、その力強さと優れた伝統技術が、 日本の多くの人々に認められ、 称賛をあびる今日では人間国宝金城次郎を生みだしました。


組合情報

壺屋陶器事業協同組合

〒902-0065
沖縄県那覇市壺屋1-21-14
TEL.098-866-3284
FAX.098-864-1472